古くは中野郷として江戸時代より前から人々が暮らしていました。
江戸時代にはあの生類憐みの令の時に中野4丁目あたりに野良犬を保護する犬小屋を設置したりもしました。
中央線の中の駅が設置されたのは1889年(明治22年)。中野区になったのは1932年(昭和7年)の10月1日でした。
区の木はしいの木。区の花はつつじ。昭和54年に決定しました。
中野区のシンボルマークは昭和15年に区民から募集して決められました。
「中野」の「中」と、ひらがなの「の」をかたちどり、中野区を象徴しています。
昭和41年、土地買収に悪戦苦闘した末にようやく中野駅北口にブロードウェイがその姿を現した時、
人々は「黒船が来た」「東洋一の施設」と、驚嘆したそうです。地下1階から4階までは飲食店から医院まで
様々な店舗が入り、5階から10階までは住居、屋上には庭園やプールが完備という建物は、
それまで誰も見たことがないエポックメイキングな複合ビル。入居者にとっては「ステイタス」であり、
先発のサンモール商店街には「ライバル出現」でした。
そこでサンモールは、このブロードウェイに見劣りしないようにと、全長240メートルの大理石プロムナードと
大小22基のシャンデリアを設置。ブロードウェイへの脅威をプラスの競争意識へ転換しました。
その結果、集客力は高まり、中野駅北口に巨大な商勢圏を築き上げたのです。
現在、ブロードウェイは誕生から40周年を迎えました。北口を出てサンモール、
そしてブロードウェイを経て早稲田通りまで続く賑やかなショッピングストリートに秘められた物語なくして、
中野の商店街の足跡は語れません。